2016年

7月

29日

2016 社会言語論2 グループ発表

「社会言語論2」では言語とジェンダーというテーマでの講義とその内容を受けたグループ研究を行いました。各グループ30分程度の時間内で発表と質疑応答を行いました。以下がグループ研究のテーマと若干のコメント。

 

1.オネエが話す言葉の共通点

  (オネエ言葉はどういった資源を利用しているのでしょうか?)

2.小説において作家の性別により登場人物の台詞は変化するのか

  (明晰な分析でした。小説と映像化の比較も興味深い点)

3.日本における翻訳にみられるジェンダーの意識づけ

  (テレビ番組「YOUは何しに日本へ?」のキャプションの考察がおもしろい)

4.テレビCMから捉えることばとジェンダー

  (はっきりとした性別指向性が言葉にも表れている。分析には間テクスト性という概

   念も大切)

5.ジェンダーレス男子VS女子

  (性別の越境を許される線はどこまで?、あるいは許されるのは誰だろうか)

6.同性同士の会話における男女差

  (若い男女の会話分析でしたが、男女では会話スタイルに差がある様子)

7.社会言語とイメージ

  (タイトルがわかりずらいが、話し相手に対する先入観念と話し方の関連性)

8.言葉の変化と社会の関係

  (問題意識が大きいのだが、、、)

9.女性は男性に比べて共感する?

  (考察の結果、答えはイエスでした)

10. SNSにおけるジェンダーのあらわれ方

  (Twitterを調査し、表現に男女差を見つけていました)

11. ドラマにおける若い女性の女ことばの使用状況

  (もはやドラマでも女ことばの使用は少ない)

12.  ドラえもんのセリフからみるジェンダー意識とステレオタイプ

13. 男性は中性化しているのか:男性ファッション誌から分かったこと

  (少なくともメンズノンノは中性化していないらしい)

14.  アンパンマンが子どものジェンダー意識に与える影響

  (タイトル変えないとね)

15.  言語によるアイデンティティの構築

  (セーラームーンの登場人物のキャラと話し方の相関を分析)

16.  男性・女性翻訳者が女の言葉を訳すとき

  (同一の作品を性別が異なる訳者が訳しているものを比較。やり方はおもしろい)

17.  メッセージの中におけるジェンダー

  (LINEとMessengerでの男女のメッセージの違いを考察。男性が女性に送信するとき

   いは女性流にスタイルを変えているのがおもしろい)

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2016年

6月

18日

2016 教養ゼミ28 初回 「大学で学ぶとは」

 

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2016年

6月

10日

2016教養ゼミ28 グループ発表終了!

2016年度教養ゼミ(1年生32名、国際総合科学部と医学部混合クラス)のグループ研究発表が終わりました。記録として、8グループの発表テーマを紹介します。

 

1.外国人が過ごしやすい日本とは

2.避難所生活の改善方法

3.日本は外国人労働者受け入れを増やすべきか

4.待機児童問題の解決のために認可保育所を増やすべきか

5.アメリカの銃社会:銃は犯罪抑止力となるのか

6.教育と貧困:日本の貧困が教育にもたらす影響

7.スマートフォンの選択

8.女性のキャリア:女性活躍推進法を手がかりとして

 

 大学入学後初の研究、初のパワーポイントスライドを使った発表、ということで手探り状態だったことと思いますが、1)テーマ発表と質疑応答、2)研究結果発表と質疑応答、3)質疑応答(クラスメートからのコメントカードを含む)へのフィードバック、という段階を経るごとに発表の質が向上してきたようです。

 

 専門科目で受講生がすいすいと発表をこなしているのは、経験の積み重ねの成果だったのだということを改めて実感しました。

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2013年

9月

11日

『日本語は親しさを伝えられるか』を読みました

滝浦真人(2013)『日本語は親しさを伝えられるか』岩波書店

 

「国語」という国家標準語を制定しようとした明治期から営々と型を作り、守ろうとしてきた日本語の様相、事の経緯を追った本。敬語とポライトネスを研究なさっている方なので、この点については基本事項の説明もあります。

 

特におもしろいと感じたことを3つ:

 

1. 明治44年に文部省が出した師範学校・中学校・小学校の『作法教授要項』には、言語対応という章が設けてあり、呼称と敬語の規範が示されている。

 

本書には書いてなかったが、デジタルライブラリーから閲覧したところ、自称詞は「私」、同輩には「僕」でも差支えない。対照詞は「貴方(あなた)」あるいは「君」でも差支えない、とある。これは1952年の第一期国語審議会による「これからの敬語」にも引き継がれているはず。

 

2. 大正期の『国民作法要義』では、起床後は歯磨きと洗顔をすませないと家族の前に出てはいけない、、顔を合わせたら「おはよう」と言おう、とあるそうな。

 

家族にあいさつしようね、というのはこのころから礼法書に再三出てくるらしい。裏を返せばそれまでは家族間のあいさつは通常のことではなかったということになる。今はあいさつしないと叱責の対象になるけれど、結構歴史の浅い習慣だったもよう。

 

3. 江戸庶民のコミュニケーションの様子がわかる『浮世風呂』によると、「ヲヤお鯛さんおはようございますネ」のように名前とあいさつがセットになっている用例ばかりで、「おはよう」といった「はだかのさいさつ」はほとんどないとのこと。あるとすれば、商業的な決まり文句に限られるのだそうな。

 

ということは、今日のあいさつは商業的決まり文句からの流れをくんでいるということか。

 

といったふうに、日本語は型さえ守っておけば「安心」というコミュニケーション、人間関係を見えやすくカテゴリー化する術を営々と構築してきたんだなということがよくわかる。一方で、定型的謙遜表現(お口に合うかどうかわかりませんが、つまらないものですが、お粗末でございました等)の使用が減少しているとい調査結果から、敬して遠ざけるだけのコミュニケーションには満足がいかなくなっている様子も見て取れる、と。なるほど。

 

謙遜と深くかかわる「ほめへの応答」への興味が再燃。Elements of Proseの授業で取り上げる予定。

 

 

 

 

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